ノーコード活用事例:「ノーコード開発とものづくり補助金でスピード展開!福祉業界を牽引するAI活用術」 パパゲーノ田中康雅氏

2025/3/18

ノーコード活用事例:「ノーコード開発とものづくり補助金でスピード展開!福祉業界を牽引するAI活用術」 パパゲーノ田中康雅氏

「生きててよかった、と誰もが実感できる社会」目指すベンチャー企業――。そんな壮大なビジョンを掲げる「株式会社パパゲーノ」が、AIと福祉という異なる分野を融合させながら、急速に事業を拡大しているのをご存じでしょうか。

本記事では、創業当初ITコンサルや絵本づくりからスタートし、やがて就労継続支援B型事業所「パパゲーノ Work & Recovery」の運営と福祉業界向けSaaS「AI支援さん」の二本柱を築き上げるまでのストーリーに迫ります。現場での課題に着目して生まれた「AI支援さん」の開発秘話や、ノーコードツール「バブル(Bubble)」を活用したプロトタイプ制作、さらにはものづくり補助金の活用によるスピード感ある開発体制など、実践的なノウハウも満載です。

また、障害福祉施設の利用者さんがAIを使ってシステム開発に挑戦するなど、「苦手を補い、得意を伸ばす」テクノロジーの可能性も明らかに。DXが遅れているとされる福祉業界で、どのようにAIを導入し、社会課題を解決し得るのか――。代表取締役の田中氏が語る挑戦の軌跡と、目指す未来像をぜひご覧ください。以下のインタビューから、そのヒントを探っていきます。

宮崎:本日はよろしくお願いします。はじめに、パパゲーノという会社をどのような経緯で立ち上げられたのか教えてください。

田中:よろしくお願いします。弊社は「生きててよかった、と誰もが実感できる社会」を実現するために、メンタルヘルスの分野で何か貢献したいという思いから2022年3に創業しました。私自身、ヘルスケア系AIベンチャーで働きながら大学院(公衆衛生学)にも在籍していたのですが、そこで学んだことや経験したことを活かせないかと考え、まずはメンタルヘルス業界の様々な企業や施設のDXコンサルを請け負いつつ、少しずつ事業を模索してきました。

宮崎:創業当初から、現在のような「障害福祉施設の運営」と「福祉業界向けのサーズ開発」の二本柱だったわけではないんですか?

田中:はい、最初は精神科医療機関向けのITコンサルや、就労支援施設のプログラム受託制作などをしていました。一方で、精神疾患の当事者の方の体験談を題材に、絵本を作る支援にも取り組んでいましたね。私自身、昔は漫画家を目指していて、クリエイティブ活動は元々好きだったこともあり、「体験を形にする」支援ができればと。

ただ、その後「就労継続支援B型事業所」(障害のある方が通う福祉サービス)の運営を自社で始めてみると、現場での課題がとても多いと分かったんです。そこから「AIで課題を解決するツールをつくろう」という構想につながり、今では大きく二つの事業を展開する形になっています。

宮崎:社内のITツールはどのように構成されていますか?

田中:基盤はGoogle Workspaceです。GmailやGoogleドライブ、Google Meetなどに加え、Apps Script(GAS)も活用しています。チャットツールはDiscordを使っているのですが、上場企業との取引やセキュリティ認証の関係でSlackへの切り替えも検討中です。

また、OpenAI(ChatGPTやWhisperなど)のAPIを組み込み、Discord上で特定メンションをつけるとAIが回答する機能を作ったりしています。デザインや制作に関してはCanvaなども活用して、割と「使えるものはなんでも使う」というスタンスですね。

宮崎:従業員数はどのぐらいいらっしゃるんでしょうか?

田中:パパゲーノ自体は正社員や役員合わせて6名ほどです。プラスして、就労継続支援B型事業所「パパゲーノ Work & Recovery」に在籍している障害のある方が約50名います。そこでは企業から受託した事務作業や、ウェブ制作、IT関連の業務補助などを行なっています。現在、もう1拠点目の事業所も立ち上げ中で、そちらも50名程度が通える規模を予定しています。

宮崎:ノーコードツールとして「バブル(Bubble)」を使われているとのことですが、どのような経緯で導入したのでしょうか?

田中:弊社では福祉業界向けのサーズ「AI支援さん」を開発しています。支援現場の面談を録音するだけで文字起こしが自動化されたり、それをもとに支援計画や書類を作成できたり、支援記録をAIチャットで検索・活用できるサービスです。そのプロトタイプを最初に実装したのがBubbeでした。

理由としては、まずマルチテナント型のサービスを短期間で作りたいという点。そして、Bubbeは過去に知人の会社がノーコード開発で大きく調達し事業化していた事例(リモートHQなど)を知っていて、「初期の仮説検証にちょうどいい」と考えました。

宮崎:実際にBubbeで開発してみて、どうでしたか?

田中:やはり「スピード重視でプロトタイプを作る」にはとても良いツールでした。一方で表示速度などの面で課題もありましたし、社内向けにもっと機能を盛り込んだ開発をする必要もあったので、後にGoogle Apps ScriptやAppSheetなども使って「社内専用版AI支援さん」を構築し、運用を重ねていきました。

最終的に外部向けの正式版は別の環境で作り直していますが、Bubbleで得たUI/UXの設計やユーザーフィードバックは大きな収穫でしたね。

宮崎: では、まずAI支援さんの開発プロセスと課題について教えていただけますか?

田中: はい、AI支援さんはもともと、私たちの就労継続支援B型事業の中で感じた課題を解決するために作り始めたツールです。福祉業界はIT環境が整っていないことが多く、例えば面談記録を紙ベースで管理している施設も少なくありませんでした。

宮崎: なるほど。確かに、それは業務負担が大きそうですね。

田中: そうなんです。例えば1日4〜5件の面談を行うと、それだけで記録作業が膨大になり、業務が圧迫されていました。そこで、AIによる音声文字起こしを活用すれば業務効率化につながるのではと考えたんです。

第1世代:Bubbleを活用したプロトタイプ

宮崎: まず最初の開発にはBubbleを使われたんですね?

田中: はい。Bubbleはノーコードで素早くプロトタイプを作るのに適していました。当時はOpenAIのWhisper APIがリリースされたばかりで、文字起こしの精度が高かったため、録音データをAIで自動要約するシステムを構築しました。

宮崎: 使ってみてどうでしたか?

田中: 正直、課題も多かったですね。特に、Bubbleのプラグインの制約でiPhoneでは録音ボタンがうまく動作しない問題がありました。また、Bubbleは表示速度が遅く、結果的に社内でもあまり使われないという状況になってしまいました。

第2世代:AppSheetによる爆速開発

宮崎: そこで次に選んだのがAppSheetですね?

田中: そうです。AppSheetとGoogle Apps Script(GAS)を組み合わせて開発しました。AppSheetは開発速度が非常に速く、1ヶ月ほどで「記録 + 分析 + 書類作成」などの機能を実装できました。さらに、AIを活用した個別支援計画の自動生成や、日報管理、利用者の体調チェック機能も追加しました。

宮崎: それはすごいスピードですね!ただ、課題もあったのでは?

田中: ええ、AppSheetはGoogleアカウントが必要だったため、企業単位での展開が難しかったんです。特に、マルチテナント対応(複数の企業が同じシステムを利用できる形)には限界がありました。結果的に、社内向けには最適でも、外部に提供するSaaSとしては向いていなかったんです。

第3世代:FlutterFlowでモバイル対応へ

宮崎: そして現在はFlutterFlowで開発されているんですね。

田中: はい。やはりモバイル対応の重要性が増してきたので、FlutterFlowを採用しました。FlutterFlowならiOS・Android・Webを同時開発でき、モバイルファーストでの展開が可能です。実際、2025年3月にはiOSアプリのリリースを予定しています。

宮崎: なるほど、今までの経験を活かしながら進化しているんですね。技術的にはどのように実装されているんでしょう?

田中: 基本的にはノーコードで構築しつつ、AIの文字起こしやGoogle連携部分はAWS Lambdaを活用してカスタムコードを書いています。この「ノーコード+コードのハイブリッド開発」は、全世代を通じて一貫したコンセプトですね。

ノーコード開発の選択基準

宮崎: では、これまでの経験を踏まえて、ノーコード開発を選択する際のポイントは何でしょうか?

田中: そうですね。ノーコードツールを選ぶ際には、以下の点を考慮しています。

  • プロトタイプのスピード: まずはアイデアを形にするならBubbleやAppSheetは有効。
  • UXの要求度: 例えば、BtoC向けのアプリで表示速度が求められる場合、Bubbleは不向き。
  • マルチテナント対応: 外部提供するSaaSを目指すならBubbleは制約が多く、FlutterFlowやカスタム開発が適している。
  • 導入ハードル: Google連携が前提となるAppSheetは、特定の環境では便利でも、広範な顧客向けには課題あり。

宮崎: つまり、何を作るかによって適切なツールを選ぶことが重要なんですね。

田中: その通りです。ノーコードツールは万能ではなく、それぞれ得意不得意があります。私たちも試行錯誤を重ねながら、現在の形にたどり着きました。

宮崎:開発にあたって「ものづくり補助金」なども活用されたそうですね。ノーコードと補助金の組み合わせについてはいかがでしたか?

田中:ものづくり補助金は、ソフトウェア開発にも使える設備投資系の補助金なので、スタートアップで「プロダクトを一気に作りたい」というケースには相性が良いと思います。弊社も最初のプロトタイプ開発費用の一部をカバーできましたし、結果的にスピード感をもって開発を進める後押しになったという印象です。

ノーコードを使うから補助金申請に不利ということはとくにありません。重要なのはプロダクトの目的や技術的な新規性、事業としての継続性や社会的意義などをきちんと説明できるかどうかだと思います。

宮崎:今後、パパゲーノさんとしてはどのような展望をお持ちでしょうか?

田中:大きく二つの事業――

就労継続支援B型「パパゲーノ Work & Revovery」の運営
支援現場向けDXアプリ「AI支援さん」の開発・普及

この両方をしっかり伸ばしていきたいです。障害福祉業界は、総務省の調査でも「もっともDXが遅れている領域」と言われていますが、逆に言えばAIの恩恵をもっとも受けられる可能性があるとも考えています。

たとえば、働くのが難しいと思われてきた方が、AIのサポートによって得意な部分を伸ばせたり、苦手を補完できたりする。いわばAIを「社会資源」として捉えることで、障害のある方が新しい仕事に挑戦する機会を増やしていけるのではないかと。そこを僕ら自身、現場で実践しながら、業界全体に広めたいと思っています。

宮崎:AIやノーコードが、まさに社会課題の解決にもつながっているわけですね。

田中:はい。AI活用のハードルが下がり、ちょっとした問題解決やプログラム作成を自分自身でできるようになりつつあります。たとえば弊社の就労継続支援B型事業所に通っている方で、プログラミング経験ゼロなのに、ChatGPTに教わりながらDiscordの自動通知システムを自作した事例もあるんですよ。

「苦手なことはAIに任せ、自分は得意なところに集中できる」という選択肢が増えることで、障害のある方の可能性が大きく広がると実感しています。

宮崎:最後に、読者の方やITエンジニアを目指す方、福祉領域に興味をお持ちの方へメッセージをお願いします。

田中:IT×福祉で新しい仕事をつくりたい方、障害のある方の働く場を支援したい方は、ぜひご連絡いただけたら嬉しいです。パパゲーノでは、ノーコードを含めて新しいツールをどんどん取り入れ、利用者さんも巻き込みながら実際に成果を出しています。

「AIやノーコードで現場の課題を解決したい」「社会貢献しながら最新の技術にも触れたい」という方と一緒に、福祉業界のDXを牽引していければと思います。

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【インタビュアー後記】

近年、小学校でも発達支援学級が増え、発達障害の早期発見や通院・検査が以前より身近なものになっています。一般的なクラスの中にも、支援が必要な児童が当たり前のように数名いる状況で、社会全体としてもこうした早期支援に取り組む機会が増えています。ただ、一方で社会に出た後の就労や生活支援については、まだまだ課題を感じる場面も多いのが実情です。発達障害、精神障害などがTVやドラマで取り上げられたり、身近になってきている中でこうした取り組みが増えていくのはうれしい事ですね。

ノーコードや生成AIは導入ハードルが下がりつつあるものの、「実際にどんな場面で、どのように使うのか」を具体的に検討し、現場に合わせた活用事例(ユースケース)を積み上げることが非常に重要です。こうした地に足の着いた取り組みこそが、福祉業界だけでなく、さまざまな社会課題を解決する上で大きなヒントになるはず。

今後のパパゲーノさんの取り組みは、まさに「現場に寄り添うIT活用」の好例だと思います。さらなる実績の積み重ねが、より多くの方にとって働きやすく、生きやすい社会を作り出すと期待しています。今後の展開にも注目していきたいですね。

取材・編集:AppTalentHub 高園百合香

インタビュー日:2025年2月26日

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