はじめに
2026年5月、メルカリのAIセキュリティチーム・市原尚一氏が、社内のAIガバナンスとガードレール実装を体系化したスライドを公開しました。全従業員のAI利用率100%、コードの約70%をAIが生成しているという同社が、Agentic AI(自律的に判断・実行するAI)をどう統制しているか——という極めて実務的な内容です。
「100名規模のAIタスクフォースなんて、うちには関係ない」と感じる方も多いはずです。
実際、私もそう思いながら読み始めました。
ですが読み終えて、すぐに自社環境の”棚卸し”を始めることになりました。
本コラムは、その作業ログと考察です。
参考スライド:Agentic AI時代におけるメルカリのAIガバナンスとガードレール実装(市原尚一氏、2026年)
メルカリが定義する8つのAgentic AIリスク

同社はAgentic AIに固有のリスクを8つに分類しています。
- AI利用に係るガバナンス不備
- 危険な/脆弱なAIツールの利用
- 過剰な代理行為・権限問題
- 安全でないコード生成・問題のある出力
- AIに渡すクレデンシャル・機密情報の漏洩
- プロンプトインジェクション/大量トークン消費
- Agentic AIサプライチェーンのリスク
- シャドーAI
興味深いのは、リスクを誘発する主体を「外部攻撃者」「AI利用者」だけでなく、「AI自体の挙動/製品仕様」「外部接続先」にまで広げている点です。AIが自律的に動く以上、”AIそのもの”がリスク源になりうる、という発想の転換です。
「ひとり会社だから関係ない」は本当か
8リスクのうち、組織規模に依存するのは①(ガバナンス体制)と⑧(シャドーAI)の一部だけでした。残り6つは、規模に関係なく当てはまります。
- ③過剰な代理権限:AIに無人実行(cron系)を任せる仕組みは、ひとり会社の方がむしろ多用しがち
- ⑤クレデンシャル漏洩:APIキーや.envをAIに読ませる場面は、規模に関係ない
- ⑦サプライチェーン:プラグイン・MCP・拡張機能をどれだけ繋いでいるかという問題
特に⑦は、Claude CodeのMCP(Model Context Protocol)を多数つないでいる弊社にとって、無視できない論点でした。
実際に棚卸ししてみた
自社のClaude Code環境で動いているMCPサーバーをすべて洗い出しました。結果は2階層に分かれました。
A. ユーザー設定で削除可能なMCP
- Google Drive / Gmail / Calendar(claude.ai経由)
いずれも実業務で使用中(CRM・コンテンツ管理・予定管理)のため保持。
B. Claude Code組み込みのMCP
- Chrome操作、プレビュー、MCPレジストリ、スケジューラ、セッション管理など

ここで嬉しい発見がありました。これらは「deferred tools」という仕組みで、呼び出される瞬間まで定義(schema)すら読み込まれない設計になっていたのです。つまり”必要な時だけアクティブ”が、ツール基盤の階層で既に実装されていた。
メルカリ流に言えば「Read-Onlyから開始、必要時のみ権限付与」という思想が、Claude Code側で初期実装済みということになります。
結果、削除すべきMCPはゼロでした。
それでもエンタープライズ事例から学べたこと
“削除なし”で済んだのは幸運でしたが、メルカリスライドと比較してまだ実装していない項目が2つ明確になりました。
- 禁止コマンドの明文化:
sudogit push --forcecurl | sh.envへの書き込み等を、設定ファイル(managed-settings相当)で禁止しておく - クリティカル業務フォルダの権限強化:クライアント案件配下を「自動承認モード」から「手動承認モード」へ
どちらも、メルカリが言う「クリティカルな業務は個別にリスク評価」という原則の、ひとり会社版です。来週中に実装する予定です。
まとめ:規模を翻訳すれば、エンタープライズ知見は少人数会社にも効く
今回の作業を通じて得られた示唆は3つです。
- 8リスクのうち6つは規模に依存しない。組織体制(L1)は不要でも、技術的ガードレール(L3)は個人事業でも必要
- Agentic AIツール基盤は、既に”Secure By Default”へ向かっている。Claude CodeのDeferred tools仕様がその好例
- エンタープライズの整理されたフレームワークは、ひとりスケールの棚卸しチェックリストとして極めて有用
AppTalentHubでは、AI導入支援を行うクライアント企業様にも、こうしたガバナンス観点の整理を順次ご提案していく予定です。
参考スライド再掲:Agentic AI時代におけるメルカリのAIガバナンスとガードレール実装(市原尚一氏)


